2004年07月26日

たいへんなことに気がついた。

ひょっとしてそんなことは世の常識だったのかもしれませんが、正直に告白しますと、きょうのきょうまでそれと気がつかなかったのです。かなしいかな。

愛・地球博」というのが、地球規模(もとい、愛知規模?)のダジャレになってたなんて…。

いやもちろん、ハナっからこの20世紀スタイルのお役所行事にはこれぽっちりも興味はなかったのですけれど、「愛」と「地球」を「愛知」で割り戻すなんていういかがわしいセンスにはムッと敵意さえ覚えてしまいました。

というわけで、例によりましてこのイベントのコンセプトを拝見しましたが、なるほどきれいなストーリィになってるなと感心。

この課題を解決するために、私たちは愛・地球博のテーマである“自然の叡智”を縦糸に、豊かな交流を横糸にして、地球社会を包む、柔らかく、豊かさと美しさにあふれる織物を織り上げようと思う。
なんてセンテンスには、そのダジャレとはかけはなれた素敵なセンスを感じます。

しかぁしやはり、最後がいただけません。

私たちは世界の人々に呼びかける。AICHIに集まろう。
ではいけません。
「持続可能な地球社会」のための21世紀は「集中から分散」を目指すべきでなければなりません。
このもっともな主張の帰結がなぜ「集まろう」なのか。集まらなくてはならない理由は何か。その説明がなされていないところ。ここがいちばんの「怪しい」ポイントでしょう。
「交流の舞台」は「集まらなくてもできる」のが21世紀だと。そう、わたしたちはそれをインパクで学んだじゃないですか!(あ、違ったか?

なおこのサイトでは、そんな顛末をふまえまして、ただいまのところ「愛・地球博」をGoogleで検索すると、かずある企業サイトを押しのけ、堂々オフィシャルサイトに次いで見事第二位にページランクされてます「静かに見守るサイト」さんを、リンクによりまして静かに応援させていただきます。




Posted by 【satoru(posted by email)】 at 2004年07月26日 12:05